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大阪高等裁判所 昭和36年(ラ)259号 決定

抗告人 後藤新二郎(仮名)

被抗告人 後藤君子(仮名)

主文

本件抗告はこれを棄却する。

理由

本件抗告理由の要旨は、(一)抗告人が原審裁判所になした被抗告人に対する離婚等調停申立の理由は、被抗告人の抗告人母りんに対する虐待その他婚姻関係を継続し難い事情の存在で被抗告人もこの事実を認めながら離婚には応じない旨主張したため不調になつたものである。(二)被抗告人が昭和三十五年三月中病気静養と称して実家に帰り、爾来抗告人家に復帰しないのは資産家の家に生れぜいたくに育てられた被抗告人として抗告人家の貧乏には堪えられなくなつたからである。若し被抗告人において同居協力の義務を尽す意思があるならばもつと早く事態は解決した筈であるのにかかる意思が毛頭ないため今日に至つたものである。(三)原裁判所は抗告人側の資産収入等について詳細調査されているが被抗告人側については資産収入につき調査されていない。右は民法第七六〇条の趣旨に反する。(四)被抗告人は長男文彦と共に実父母、実祖父母と同居しているがその住居は敷地一五〇坪位の豪荘な邸宅であり、実父は数十軒の借家を所有し京聯タクシー外数交通会社の大株主であり、実家における被抗告人の生活状況は恵まれたものであつて、これらの生活費の支給は実父母から被抗告人に対する贈与であつて、明らかに被抗告人の収入というべきである。(五)抗告人は一介の若いサラリーマンで家庭の生活費は切りつめねばならず月八,〇〇〇円を支出することはできない。以上の通りで原裁判所が長男文彦の生活費の一部支弁を抗告人に命じたことは妥当であるとしても被抗告人の生活費を併せ月金八,〇〇〇円の支払を命じたことは違法且つ不当であるから本件抗告に及ぶというのである。

よつて按ずるに本件抗告理由(一)(二)はこれを要するに、本件当事者間の婚姻が破綻したのは全く被抗告人の責に帰すべき事由に基くものであるからこの点を婚姻費用分担審判に斟酌された形跡が認められないのは不当である旨の主張と解されるのであるところ、申立人を抗告人とし相手方を被抗告人とする京都家庭裁判所昭和三五年(イ)第三五五号離婚、親権者指定調停申立事件記録によれば、右事件の申立理由が抗告人主張通りであることはこれを認めることができるが、婚姻破綻の原因が全く一方的に被抗告人の責に帰すべき事由に基くものとは認められず、寧ろ却つて右原因は、抗告人が被抗告人に対しいわゆる嫁の座を与えて妻の座を与えず、抗告人の家計費は挙げてこれを母りんに渡して被抗告人に渡さず、宿命的な嫁(被抗告人)と姑(右りん)との反目、抗争に際しても理非曲直を問わず常に嫁に対し姑への屈服を命ずるなど新憲法民法に認める精神に違背したところから、本来自我性強くヒステリー的な被抗告人の性癖を蒿じさせたところにあるものと認めるのが相当であるから右抗告理由は失当である。次に本件抗告理由のその余の点は、要するに被抗告人の実家が富裕であり、被抗告人は実父より贈与を受けられる地位にありまた現にこれを受けているのであるからこの点の調査もせず本件分担費用を定めた審判は違法不当と主張するものであるが、元来婚姻中の家族の生活費、医療費等は婚姻より生ずる費用として夫婦の分担すべきものであり、直系血族、兄弟姉妹相互間の扶養義務は、扶養の必要あるとき即ち右分担を以て支弁しえないとき始めて実働的なものとなるわけであり、被抗告人が実父母より若干の贈与を期待しうべき地位にあることは、それを直に同人の収入となすをえない性質のものであるから、原審が被抗告人実家の財産等を調査しなかつたとしても直にそれを以て原審判を違法とするは失当であり、右抗告も理由なく、結局原審が審判書摘示の調査資料に基き婚姻費用分担金として、当事者が別居し被抗告人と長男が抗告人より生活費等の支給を受けられなかつた日より後である昭和三十五年十一月以降、同居協力するか、婚姻関係終了するまで月金八,〇〇〇円の支払を命じたのは相当である。よつて本件抗告は理由がないからこれを棄却し主文の通り決定する。

(裁判長判事 田中正男 判事 宅間達彦 判事 井上三郎)

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